2012年04月25日

兵法未知志留辺 凡例

白井亨の著書『兵法未知志留辺』がどんなものであるか、その凡例(前書き)には次のように述べられています。「未知志留辺」という当て字は「道標」であり、「未知なる私たちの周りに偏在する気」というような意味も兼ねていると思われます。

【原文】(仮名遣い・送り仮名等は一部現代語にした)
兵法未知志留辺 東都 白井 義謙 述
 凡例

一、 この書は 家流兵法の傳書『明道論』なる者の註釋にして、上下二巻あり。上巻は この兵法流名の起りし処 并(ならび)に其の大意を述べ、又先師 宗有(むねあり、寺田五郎右衛門宗有)の修法を略記し、余 幼(おさなき)より数十年の光陰を費(ついや)し、既に生涯を錯(あやま)らんとせし事を著し、終に鵠林祖翁(白隠禅師)以来の相傳 練丹の法を修して 天真の気を養う時は、兵法無二の捷径(目的を達するてっとり早い方法)なる事を論じ、余が流 初学の人をして惑わざらしめ、余が如き無益の艱辛なからしめん事を要とす。

一、 下巻は明道論本書の註釋にして、余が門に入るの士にして、専修を尽し、聊(いささ)か その意を辨ずる(辨える)者をして書写せしめ、家流兵法 向上極意(一刀流に高上極意五点の奥義あり)と云えども洩す事なく、先ず その修法を傳えて、余が流の学ぶ者をして錯(あやま)らざらしめん事を欲す。

一、 書中 真空と称する者は、先師 宗有の心気と称する者にして、八紘四維(四方八方)空機の凝実する者を云う。赫機(乃昆−のび−と訓す)と称する者は、先師の傳えし処にあらず。余が工夫して、還丹 真空 充実するの功に因(より)て、木劔・真劔共に鋒尖に晃暉(光輝)を発(はな)つが如き一機あるを云うなり。

一日 南園の逸民(高潔の隠者)来って 燭を秉(とり)て談ぜしに、その語 煩ならずして(煩わしくなく) 三綱五紀、上聖の数範を講ぜり。逸民曰く、汝 経傳を学ぶ事なく、盲迷にして 僅かに撃劔の細枝を慣習し、衆に対し向上の心理を口説し、練丹に諉(かこつ)けて 漫(みだり)に妄言を解き、捕風捉影(とりとめがなく、当てにならないこと)の論を設けて、佗(他)の上流を誑惑(きょうわく、騙し惑わすこと)する事、異端に等しく、独り千古の蒙を発する教えを立つる事、片腹痛く覚ゆるなり、武愚と云いつべし、能く辨じて耳底に明詳ならしめよと。余曰く、古に曰く、天能く之を覆えども、戴(の)ること能わず、地能く之を戴れども覆うこと能わずと。然るに况(いわ)んや 人においておや。凡そ 人 気稟(きひん、生まれつきもっている気質)に因て 其の好む所を異にす。長なる所あり、短なる所あり、長も是とせず、短も非とせず、子(逸民)と品する(優劣を論じ定めること)にあらざれども、子は廣学多聞鴻才あって経典を講ずるに、道徳を称すれども、天真を慣熟するの術なきが故に、捕風捉影、異端等の言あり。余は不学愚盲、文筆の才なく 無能にして、今は 唯 還丹(呼吸法)を愚守して 真空に親しくなるの外、更に佗(他)の技を失す(忘れる)。故に之を敬する事 日月の如く 父母の如く、之を見る事 肝肺の如く 肉身の如し、之を除いて技なく 之を除いて言なし。余が親(詳しいこと)なるを以て 子が疎(詳しくないこと)なるに解かば、再び其の嘲(あざけり)を受けんのみ。又 余 千古の蒙を発するに非ず、鵠林祖翁の明教に拠ればなり。一檠(いっけい)の燭も眉目を窺(うかが)うに足れり。子が意に応じて 其の修法を叙議すべしと云えども、燭光限り有り、子 もし 活知を出して、聴きて倦む事無くんば、来宵を遲(まち)て 其の話をなして 五鷄を尽さんか。

【現代語訳】
兵法未知志留辺  江戸 白井 義謙(白井 亨の諱(いみな))著述
 前書き

一、 この書は、天真伝兵法の伝書『明道論』の注釈で、上下二巻からなる。上巻には、この兵法の流名の起こり及びその大意を述べ、先師 寺田宗有(てらだ むねあり、五郎右衛門宗有)に学んだ修法を書き記した。そこで、私が幼少の頃から数十年かけて研鑽してきたことが間違っていたことを著して、鵠林(こうりん)祖翁(白隠禅師)以来相伝されてきた煉丹の法を修めて、「天真の気」を養うことが、兵法を究めるための唯一の道であることを論じた。これによって、天真伝兵法を学ぶ初心者が、迷うことなく、私と同様の無益な努力をしないで済むようにした。

一、 下巻は『明道論』本文の注釈で、私の門人で、稽古熱心で、少しなりとも極意をわきまえている者に天真伝兵法の最高の極意も洩すことなく書き写させたものである。私としては、先ずその修法を伝えて、天真伝兵法を学ぶ者が、間違った方法によって修行することのないようにしたい。

一、 『兵法未知志留辺』の書中、「真空」という言葉は、先師、宗有が「心気」と称していたもので、我々の周囲・四方八方に存在する空気の塊(合気道では真空の気)のことである。「赫機(のび)」という言葉は、先師から伝えられたものではなく、私が工夫して、還丹(臍下丹田を充実させて得られる丹薬、又は煉丹の法)、真空を充実させる修法によって、木剣でも真剣でも共に剣先から光を発するようになるが、その光、すなわち一機(合気道ではス声、愛の気のことで、光や熱となって体外に出る気)のことである。

ある時、高潔の士(隠者)が訪ねて来たので、明かりを点けて話を聴いたが、その隠者の語るところは明瞭で、君臣・親子・夫婦の間の道徳、歳・月・日・星辰(せいしん)・暦数及び聖人・君子の教えの幾つかについて述べられた。隠者が言うには、君は経書やその注釈書から学んだことがないので道理に暗く、ただ剣道を熱心に学んだということのみで、他人に対して極意の境地の心を説いて、煉丹などと言ってみだりに妄言を吐き、実体がはっきりとしないことについての論を説いているが、他の知識人を騙し惑わすこと、異端というのに等しい。君だけが長い間分からなかったこが分かったかの如く教えを立てているが、片腹痛いことで、まったく武道馬鹿というものだ。よくわきまえるよう、私の忠告をしっかりと聴きなさいと。
そこで私が言った。昔からいうではありませんか、天は能く天地を覆うことができるが、その上に戴る(乗る)ことはできない。地は能く天地を戴せることができるが、覆うことはできないと。同じことが人についてもいえるのではないでしょうか。およそ、人は、生まれつき持っている気質によって、好き嫌いが異なっていて、長所があれば短所もある。それで、長所があってもそれで良しとはせず、短所があるからといってそれで駄目だとはしません。あなたを批評するつもりは毛頭ありませんが、あなたは広い知識をお持ちで、何でも知っておられ、経典を講じ、道徳を教えることができますが、「天真」を身に付ける術についてはご存じでないので、私のことを当てにならないことを言う妄想家とか異端等とおっしゃられます。確かに、私は、不学愚盲で文筆の才なく、無能で、今はただ還丹(観想法、呼吸法)を愚守して、「真空」というものだけで他の技を忘れてしまっています。しかし、そこまで徹底したお陰で、今では「真空」を敬うこと日月を敬う如く、父母を敬う如くで、「真空」を感じること肝臟や肺臟(自分の大切な臓器)を感じる如く、肉体のこの身を感じる如くです。この「真空」抜きに兵法というものの技は存在せず、「真空」なくして説明する言葉もありません。このように、私が詳しいことであなたが詳しくないことをお話しようとすると、また嘲りを受けることになることでしょう。私は、長い間分かっていなかったことを分かるようにしたといっているのではなく、既に鵠林祖翁(白隠禅師)が教えられた教え(『夜船閑話(やせんかんな)』序の観想法・煉丹の法)に拠っているだけです。これは、ちょっとした灯りであっても顔形を知ることができるのと同じです。
そこで、私は、求められれば、その修法をご説明しようと思いますが、もはや灯りが尽きようとしています。宜しければ、明晩、そのお話をして、一番鶏が鳴くまでも語り明かしましょうか。
posted by 八千代合気会 乾 at 13:54| 白井亨の著書

2012年04月15日

白井亨と武道の真髄

合気道師範ブログで、白井亨のことについて触れてきました。私が白井亨のことを知ったのは『剣と禅』(大森曹玄著)が最初でした。白井亨については、『日本剣道史』(山田次朗吉著)に6頁にわたって記述があり、「寺田(宗有)、白井(亨)の如きは実に二百年来の名人として推賛の辞を惜しまぬ者であった」と書かれています。山田次朗吉の剣道家としての技量と彼の真っ正直な性格を考えると、これは書かれているとおりの賛辞であり、後世の剣の道を極めたいとする人達が目標にして良いのではないかと思います。

宮本武蔵が児小姓の前髪の結び目に飯粒を一粒つけて、刀で真っ二つにした話が残されていますが、これは、居合道の町井勲氏が水平に置かれたキヌサヤを二つに切ったり、果ては時速320 kmで飛んで来るBB弾(直径6 mm)を両断したりすることが出来ることを知り、実際に出来たこととして素直に受け取ることが出来ました。
弓道においても、『弓と禅』(オイゲン・ヘリゲル著)に書かれている阿波研造の暗闇の中で的を射た話があり、このようなことから日本武道の奥深さを知らされます。

町井勲氏の妙技については、まだ動体視力で理解しようとする人がいるようですが、阿波研造のことも含め、気の世界でいう同根一体の境地に至らなければ身につかないと私は思います。この境地に立つのが心法の武道になると思います。合気道では、多田宏師範がこの心法を強調されています。

針ヶ谷夕雲の無住心剣術も白井亨の天真伝兵法(天真白井流)も、心法の剣といわれ、継承が極めて難しく、今はそれを伝える人がいない状態ですが、無住心剣術については、『極意の解明』(近藤孝洋著)が気の面から読み解かれていて、目が開かれる思いがします。白井亨や彼の著書については、『剣の精神誌』(甲野善紀著)に「白井亨は無住心剣術を再興したか」と題して60頁にわたり詳しく紹介されていて、これも大変参考になります。

3月17日に、もう一度開祖のおっしゃられていること(心法の世界)に素直に向き合わなければならないという気持ちになっていたところ、3月24日に白井亨を研究されている方に出会い、4月7日に白井亨の著書のコピーをいただきました。これは与えられた機会だと思いますので、白井亨をもっと深く研究してみようと思います。
剣道は専門外ですが、白井亨の著書には開祖と同じ境地の話が述べられていると思います。そこで、合気道という立場から白井亨の世界に踏み入り、それにより開祖が言われていることをもっと理解したいと願って、新たなブログを開きました。

カテゴリの「日記」には、その折々の感想や全般的な解説を述べ、「白井亨の著書」に彼の著書を現代風に読みやすくしたものとその概要を述べます。これには、白井亨の言葉を分かりやすい形で残そうとする意図もあります。そして、「白井亨の世界」で、彼の著書を通して開祖の道文の内容をもっと深く掘り下げ、鍛錬に生かしたいと考えています。
ブログなので、時系列的にも脈絡を持たせて、通して読んでも理解出来るようにしたいと思いますが、著書については、読み解けた分を順次載せることになると思います。

白井亨は、生年が1783年で、開祖とは丁度100年の隔たりがあります。江戸時代後期の人物で、著書は現代人でも比較的分かる書き方がされています。これは、問われれば丁寧に教えるという彼の性格によるところも大いにあると思います。

白井亨の著書は、『明道論』が早稲田大学蔵書 http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko01/bunko01_01891/bunko01_01891.pdf で公開されている他、多くは富山県立図書館 http://www.lib.pref.toyama.jp/gallery/collection/top.aspx が公開しています。このURLから → 江戸時代の越中 → 古文書 → 宗教・芸術・文化 → 武道・兵学と辿れば、次の著書を見ることができます。
『天真白井流兵法真剣拂捨刀之巻』『天真白井流兵法神妙録』『天真白井流兵法譬咄留』『天真白井流兵法遣并記録』『天真傳一刀流兵法』『天真傳白井流兵法真剣遣方』『天真傳白井流兵法遣方』『天真傳白井流兵法遣方留』『天真傳白井流兵天真録』『兵法至途宇乃千利』『兵法未知志留辺』『兵法未知志留辺拾遺』

なお、このブログは、八千代合気会、八千代市合気道連盟、千葉県合気道連盟など、私が活動しているごく限られた範囲内の人を対象にしており、ご質問があれば、直接、顔を合わせてお聞きすることを前提にしていますので、特に通信欄は設けません。(八千代市合気道連盟会長 乾 泰夫)
posted by 八千代合気会 乾 at 07:33| 日記