2012年09月29日

練丹の法(2)

「輭酥(なんそ、軟酥)の法」は『夜船閑話』(本文)にあります。「小さな資料室」の資料310からその一部を引用します。
【原文】
予が曰く、酥(そ)を用ゆるの法得て聞いつべしや。幽(いう)が曰く、行者(ぎやうじや)定中(じやうちゆう)四大(しだい)調和せず、身心ともに勞疲する事を覺(かく)せば、心を起して應(まさ)に此の想(さう)をなすべし、譬へば色香(しきかう)C淨(しやうじやう)の輭酥(なんそ)鴨卵(あふらん)の大(おほい)さの如くなる者、頂上に頓在(とんざい)せんに、其の氣味微妙(みめう)にして、遍(あまねく)く頭顱(づろ)の間(あひだ)にうるほし、浸々(しんしん)として潤下(じゆんか)し來(きた)つて、兩肩(りやうけん)及び双臂(さうひ)、兩乳(りやうにう)胸膈(きようかく)の間(あひだ)、肺肝(はいかん)腸胃(ちやうゐ)、脊梁(せきりやう)臀骨(どんこつ)、次第に沾注(てんちう)し將(も)ち去る。此時に當つて、胸中の五積(しやく)六聚(しゆ)、疝癪(せんべき)塊痛(くわいつう)、心に隨つて降下(かうげ)する事、水の下(しも)につくが如く歴々として聞(こゑ)あり、遍身(へんしん)を周流し、雙脚(さうきやく)を温潤し、足心(そくしん)に至つて即ち止む。行者再び應(まさ)に此の觀をなすべし、彼(か)の浸々として潤下(じゆんか)する所の餘流(よりう)、積り湛(たた)へて暖め蘸(ひた)す事、恰(あたか)も世の良醫の種々妙香(めうかう)の藥物(やくぶつ)を集め、是れを煎湯(せんたう)して浴盤(よくばん)の中(なか)に盛り湛へて、我が臍輪(さいりん)以下を漬(つ)け蘸(ひた)すが如し、此の觀をなす時唯心(ゆゐしん)の所現(しよげん)の故に、鼻根(びこん)乍(たちま)ち希有(けう)の香氣を聞き、身根(しんこん)俄かに妙好(めうかう)の輭觸(なんしよく)を受く。身心(しんしん)調適(てうてき)なる事、二三十歳の時には遙かに勝(まさ)れり。此の時に當つて、積聚(しやくじゆ)を消融(せうゆう)し腸胃(ちやうゐ)を調和し、覺えず肌膚(きふ)光澤を生ず。若(も)し夫(そ)れ勤めて怠らずんば、何(なに)の病(やまひ)か治(ぢ)せざらん、何(なに)のコか積まらざん、何の仙(せん)か成(じやう)ぜざる、何の道か成ぜざる。其の功驗(こうけん)の遲速は行人(ぎやうにん)の進修(しんしう)の麤(せいそ)に依(よ)るらくのみ。

白隠禅師が「酥を用いる法を何卒お教えこうむりたい」と願ったことに対し、白幽子が「修行者が瞑想して行を行っている時に四大(骨・筋肉、血液、熱・体温、呼吸)が調和せず、身心ともに疲れを覚えるならば、心を起こしてこの念想をすべきである」と答えています。
「酥」とは、牛や羊の乳を煮詰めて濃くしたもので、吉田豊氏(『牛乳と日本人』新宿書房刊)によれば、「乳を加熱して表面にできた乳皮をすくい取って容器に入れ(繰り返す)、温めてよく攪拌し、冷水を加えて固めたもの。クリームもしくは粗製バター」とのことです。白隠禅師の『遠羅天釜(おらでがま)』には、「諸法実相1斤、我法2空各1両、寂滅現前3両、無欲2両、動静不二3両、糸瓜(ヘチマ)の皮1分5厘、放下着(ほうげじゃく)1斤、右七味を忍辱(ニンニク)の汁に浸すこと一夜、陰乾(かげぼし)して抹す。次にこれを般若波羅蜜という蜜で練り合わせ、丸めて鴨の卵の大きさにしたものである」と書かれています。鶏卵より少し大きい卵の形をしたクリームかバターのようなもので、体温により溶けて体中を廻り流れて癒す、世界最高の丸薬であると想像して下さい。
その次の部分の現代語訳を伊豆山格堂著 『白隠禅師 夜船閑話』(昭和58年 春秋社刊)から引用します。
【現代語訳】
たとえば色彩や香気が清らかで、鴨の卵のような大きさの軟酥を頭の上にひょいと置いたと仮定する。そのにおいと味わいは何とも言いようもない位すばらしいものだが、それが頭全体を潤し、次第にじわじわと辺りを潤しながら下って来て両肩両肘に及び、両乳、胸と腹の間、肺、肝、腸、胃、背骨、腰骨、と次第に潤しそそぐ。この時、胸中にたまった五臓六腑の気のとどこおり、疝気やその他局部的の痛みが、心気の降下に従って降下すること、水が下に流れるようであり、はっきりその音が聞こえる。蘇は全身を廻り流れ、両脚を温かく潤し、足の土踏まずに至ってとどまる。
修行者はそこで再び次の如く観ずべきである。じわじわと潤しながら流れ下る酥の余流・支流が、積もり湛え、暖めひたすことは、あたかも世の良医が種々の妙なる香りのする薬を集め、是を湯で煎じてふろおけの中に湛え、自分の臍より下をつけひたす(腰湯をする)ようなものだ。
此の観をなす時、華厳経にいう通り一切唯心造(あらゆる事物や現象は「心」の働きであり、「心」が造り出したもの)であるから、鼻はたちまち妙香を聞き、皮膚に妙なる軟酥が触れる心地がする。心身快適なることは二、三十歳の時より遥かに勝っている。此の時に当たって、五臓六腑の気の滞りをなくし、胃腸を調和し、おのずから肌に光沢を生じる。もし此の観法を勤めはげむなら、いかなる病でも治らないことなく、いかなる徳も積むことができる。どんな仙人にもなれないことはないし、どんな道でも成就できないことはない。その効果の遅速は、修行者の精進修行が綿密か否かに依るのみである。

白井亨は、水行によって体を壊していたので、「内観の法」に加えて「軟酥の法」も修したようです。したがって、彼が言っている「練丹の法」はこれら二つを指しています。3年をまたず効果が現れたとのことですから、水行のように毎日、ある程度の時間を掛けて行ったものと思われます。朝晩、各30分といったところでしょうか。

甲野義紀氏は、『剣の精神誌』(1991年 新曜社刊)で白井亨の剣術が後代に伝わらなかったことを以て心法(心術)の剣を評価していないようですが、私は、心法によって求めることが無意味なのではなく、白井亨が挙げている「練丹の法」だけでは不足しているものがあるから後世の者が会得できなかったのだと思います。
心法(練丹の法、観想法)は気の妙用を体得する方法と言っても良いので、念、腹式呼吸、響きが必要だと思います。「練丹の法」には、念(妄想、念想、イメージ)とそれに伴う腹式呼吸は含まれていますが、響きが強調されていないようです。私は、それが欠如していたために心法の剣が伝承されなかったのではないかと思っています。

開祖の言葉には、次のように念、腹式呼吸、響きが強調されています。
「修行には、まず己れの心魂を練りにねり、かつ<念>の活力を研ぎすまし、心と肉体の統一をはかることこそ先決である。これこそ、すすんで業の発兆の土台となり、その業は<念>によって無限に発兆する。
業はあくまで、宇宙の真理に合していることが不可欠である。そのためには正しい<念>が不可欠である。
(中略)
『気の妙用』は、呼吸を微妙に変化せしむる生親である。これすなわち武なる愛の、本源である。『気の妙用』によって心身を統一し、合気の道を行ずるとき、呼吸の微妙なる変化はここよりおのずから流れいで、業は自由自在にあらわれる。
(中略)
その<武産>の武のそもそもは<雄叫び>であり、五体の<響き>の槍の穂を阿吽の力をもって宇宙に発兆したるものである。
五体の<響き>は心身の統一をまず発兆の土台とし、発兆したるのちには宇宙の<響き>と同調し、相互に照応・交流しあうところから合気の<気>を生じる。すなわち、五体の<響き>が宇宙の<響き>とこだまする<山彦>の道こそ合気道の妙諦にほかならぬ。
そこに高次の身魂の熱と光と力とが生じ、かつ結ばれることとなる。微妙にこだまする五体と宇宙の<響き>の活性が『気の妙用』を熟せしめ、武なる愛、愛なる武としての<武産合気>を生ましめるのである。」(『合気道開祖 植芝盛平伝』p181)

座禅も気功も、『夜船閑話』の練丹の法と同様、響きはありませんが、ヨーガでは、タントラ、マントラ(音)、ヤントラ(形)といって、マントラ(真言と漢訳されている)が大切なものの一つになっています。「オウム(AUM)」のマントラについては聞いたことがあると思いますが、響きがあるヨーガでは、開祖が言われているように体から熱や光が出るという体験をする人が多いようです。

私は、静かに瞑想するだけの修法では武道に生かせるものなるまでかなりの時間が掛かるか、特別な才能がある人しか達せられないのではないかと思います。開祖が言霊といって「ス」や「ア、オ、ウ、エ、イ」のことに触れられていて、「気の妙用」と「言霊の妙用」を同じ意味で使われているところから、心法の武道には響きが欠かせないと思います。
白井亨は、師の寺田宗有から「徳本行者(浄土宗の念仏行者)に参じて唱名せよ」と勧められていますので、南無阿弥陀仏を唱えたことだろうと思います。これがマントラに相当する響きとなって、気の妙用を身につけるのに役立ったのだと思います。
posted by 八千代合気会 乾 at 23:59| 白井亨の世界